Tear drop/01

シップ内の照明が夜を演出し始めた頃。
とある薄暗い部屋の中に二人の男が居た。

二人はそれぞれ幅広のソファーと一人用のチェアに腰掛け、間のテーブルにはブランデーの注がれたグラスが並んでいる。


「貴方のご協力で盗難に遭った試作品は全て戻りました。とても無事にとは言えない状態でしたが」
一方は黒髪をオールバックに固め、かっちりとしたスーツを着込んだ男。
銀縁の眼鏡と垂直に並ぶ様に入った片目の刀傷が異様な雰囲気を醸し出している。
彼の操作する端末のディスプレイが、薄暗い部屋の中で唯一と言っていい程煌々と光を放っていた。

「礼には及ばない、モノのついでだ」
嫌味に全く動じず(或いは気付いていないのか)もう一人の男が応える。
ぼさぼさに伸びた灰黒の髪に着古したジャージ。黒縁の伊達眼鏡の下からは鋭い眼光が覗く。
眼前のスーツ男とは敢えて真逆にあつらえた様な貧相な姿。
ジョシュア・ケイディス。

「此方も後の始末は付けておきました、モノのついででね」
後始末。詳しく訊かなくとも見当は付いた。
あの日以来、ニュースの事件欄にも死亡者欄にも「ウルヴィー・ウルヴェンスタイン」の名は現れていない。
「報告書も上がり次第、お渡しします。気になっているでしょう」
「……助かるよ、ベン」
ジョシュアは短く答えると、ソファーの背もたれに身を預けた。
対面の「ベン」と呼ばれたスーツ男も端末を閉じ、チェアに深く座り直した。同時にテーブルの上のグラスを手に取る。
「さて、仕事の話はここまで」
ベンはグラスの酒を一気に呷ると静かにグラスを置いた。一つ熱い溜息をつき、薄く微笑む。


「災難でしたね、ジョシュア」
空になったグラスに酒を注ぎながら、ジョシュアは目を向ける。
「…こんな仕事だ、何時かはこんな目に遭うんじゃないかって気はしてたがね」
ロックアイスが軽く鳴る。
濃い琥珀色のグラスの中で、二人の視線がかち合った。
「あのレズナー重工やセージカンパニーが、被害に遭ったまま、賊の情報も掴めないとは」
「…そんな目で見ないで下さい。犯人があの男だと判っていれば、此方も君に報告はしていた筈です」
ふと、「小さな情報屋」がジョシュアの脳裏に浮かぶ。
「レズナーやセージの諜報能力が、一介の情報屋以下とは思えないんだがな…」
ベンに投げかけるべき問いでない事は判っていた。
彼は只の一エージェントであり、企業の思惑など知りようもないのだ。
「私とて、今回の件に関して知ったのは全て終わってからです。知っていれば放って置きはしなかった」
徐に、ベンがその片目の刀傷を撫でる。
そこにあるのを確かめるように指先が沿うと、忌々しげに顔を歪めた。
「久々に、彼女の名が絡んだ事件だ…放って置くはずがないでしょう」
その言葉と様子に、ジョシュアは苦々しく笑い。同じように傷の残る唇が、引きつり、歪む。


「…さて、ジョシュア。用件がもう一つ」
ベンが唐突に端末を呼び出す。程なくナノトランサーが作動し、二人の眼前にフォトンが集束していく。
やがて現れたのは、横幅2m程の四角いケースだった。

「…これは」
「"彼女"ですよ」

ジョシュアは既に確信していたが、それをベンの言葉が後押しした。
「回収しろ…と言わんばかりに、あの男の遺体を串刺しにしていたそうです」
驚愕か喜びか、それともまた別の感情からか、複雑な表情を浮かべるジョシュアに対し、ベンは薄ら笑いで淡々と続ける。
「損傷が激しく、元の様に修復できるかどうかは判りませんが。こちらもお返しします」
「…十分だ…まさか…戻ってくるとは」

ジョシュアが恭しくケースを開くと、保存剤の煙が仰々しいほどに溢れ出た。その中に、薄らと黒い刀身が見えてくる。
「彼女も不本意だったんでしょう。今回の様な別れ方では、ね」

→Tear drop/02

  • 最終更新:2015-12-08 06:11:38

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