焔痕_Chapter2

とあるアパートの共有フロア***-**-***。
トレーニングを終えて帰ってきたジョシュアが、レオンローズの部屋のドアを一瞥しながらも、自室に戻ろうとしていた。


ジョシュア「……」


その時、ちょうどのタイミングでレオンローズの部屋のドアが開く。
俯きがちに現れたレオンローズの表情は、やはり優れない。


ジョシュア「…っ」
レオンローズ「……あ、ら」
レオンローズ「……こんばんは、ジョシュア。またトレーニングでもしてたのかしら」
ジョシュア「…レオン、ローズ」
レオンローズ「……ええ、私よ」


微笑み、小首を傾げてみせるレオンローズ。


ジョシュア「…ああ。今トレーニングから帰った所だが」
レオンローズ「熱心ね。いいことよ」
ジョシュア「……」
ジョシュア「その後、どうだ…調子は」
レオンローズ「…………」


その言葉に、ゆっくり視線をジョシュアの胸元まで下げ、首を振る。


レオンローズ「……行けなくて。……だめね、私ったら」
ジョシュア「…そう、か。……無理もないとは思うが…」
ジョシュア「…俺も、中々顔を出せずにすまないな」
ジョシュア「最近、久々に忙しかったもので…な…」
レオンローズ「いいのよ、そんな……。……子供じゃ、ないんだし」
レオンローズ「……こどもみたいなこと、してるけど……」
ジョシュア「…そうは言うがな…」
ジョシュア「…なるべく一人にしたくなかったんだが、君を」
レオンローズ「……あら……そうだわ、じゃあ」

レオンローズ「部屋で、お茶でもいかがかしら。……久しぶりに、ゆっくり」
ジョシュア「ああ…それなら邪魔しよう。汗を流してくる」
レオンローズ「ええ。待ってるわ……お茶の葉は気分で選ばせてもらうわよ?」
ジョシュア「…どうせ味も碌に判らん男さ。任せるよ。じゃあ、すぐ行く」
レオンローズ「しっかり流してくるのよ」


苦笑しながら自室に戻るジョシュアの背中を、くすくすと軽やかに笑って見送るレオンローズ。
そうして自身も部屋に戻ると、紅茶の準備を始めた。
しばらく迷ってから、ダージリンの葉を手に取る。
とろとろと、ケトルが内部で沸騰する湯の勢いで小さく揺れるのを、ぼんやり眺めていた。


ジョシュアo0(茶受けくらい持っていった方が良いか…?

ジョシュア「ふー…さて…」
ジョシュア「レオンローズ。入っていいかな」

レオンローズ「……あ、ええ。どうぞ」
ジョシュア「…ん。お邪魔します」
レオンローズ「いらっしゃい。……さっぱりした?」


そう声をかけながら、茶葉の入ったティーポットに湯を注いで、カップと共にテーブルへと持ってくる。


ジョシュア「…ああ。見ての通り」
ジョシュア「あと、これを」


先程よりも更にラフな服装でやってきたジョシュアは、持っていた袋をレオンローズに手渡して。


レオンローズ「ふふっ。どうぞ、座って…………あら。何かしら?」
ジョシュア「…茶受けになりそうなもんは、これ位しか無かった」


袋の中には、殻に入ったままのクルミがごっそりと入っている。
堪えきれず噴き出すレオンローズ。


レオンローズ「…………ふふっ」
ジョシュア「…むっ。大丈夫だぞ、割ってやるから…」


言いつつ首を傾げるジョシュアから袋を受け取って。


レオンローズ「あは、ごめんなさい、だって……あんまり無骨で、あなたらしいんだもの」
レオンローズ「でも、どうやって割るの? 歯じゃ割れないわよ、お人形じゃないんだから」
ジョシュア「……そう、か。特に考えた事は無かったんだが…ああ、割り方は…」


実を一つ手に取ると、指で何かを探り。


ジョシュア「ええと…これは、ここ…か」


あるポイントを握ると、そのまま小気味良い音と共に割れる。
じっとその動作を見守っていたレオンローズが、割れる音に一瞬身をすくめた。


レオンローズ「えっ?」
レオンローズ「…………割れたわ」
ジョシュア「コツがあるんだ…割る時にちょっと力が要るけどな」


残った破片を吹くと、掌に中身を出して見せるジョシュア。
そのクルミを、レオンローズはまじまじと見つめる。


レオンローズ「……私でも出来るかしら?」
ジョシュア「…どうかな、その綺麗な手だと…どれ、もう幾つか割っておこうか」
レオンローズ「……嫌だわ、もう。思い出したように褒めるんだから」


くすくすと笑いながら、紅茶を丁寧にカップに注ぎ入れるレオンローズ。
独特の芳香がふわりと、湯気と共に舞い上がっていく。


ジョシュア「正直ですまないな。…あ、皿をくれるか。中身を置いとく…」
レオンローズ「ええ」


椅子に腰掛けたジョシュアは、いくつかクルミを取り出し。
差し出された小さな皿にころころと転がした。


レオンローズ「……よく食べるの? クルミ」
ジョシュア「よく、って訳でもないが。俺の育った孤児院、山林地区の傍にあってな…」
ジョシュア「…たまに拾ったのを送って来るんだ、思い出したみたいに。」
レオンローズ「そう。……じゃあ、思い出の味ね?」


楽しそうに笑いながら、紅茶をジョシュアに差し出すレオンローズ。


レオンローズ「お砂糖とミルクは?」
ジョシュア「…ああ、じゃあミルクを」


慣れた様子でクルミの身を次々取り出すジョシュア。
その手捌きを眺めながら、紅茶にミルクを垂らしてやり。レオンローズ自身の紅茶には、ポットから角砂糖をころりといれる。


レオンローズ「……不思議だわ」
ジョシュア「…ほら、見てないで摘んで……ん?」
レオンローズ「もちろん、知識としては形は知っているけれど。……クルミって、お菓子の中に入っているものだったから」
レオンローズ「割りたてのものを、このまま……なんて。ふふ、ちょっと贅沢な気がするわ」


一つ摘まんでみると、ランプの光に透かして眺めるレオンローズ。


ジョシュア「…そのまんま食っても、ちょっと味気ないかもだけどな」


一つ身を取ると、弾いて口に入れるジョシュア。
続いてレオンローズも、小さく身をかじり、味わうようにゆっくりと咀嚼する。


ジョシュア「ん、ん…コクが…」
レオンローズ「……良い香りがするわ」
ジョシュア「…ちょっとエグいな。紅茶には合うかもしれん。もう少し、割ってみるか…」
レオンローズ「素敵なお茶請けだわ……。……目の前で、面白いものも見れるし」
ジョシュア「おもしろい?」


そうジョシュアが言ったと同時に、手からぽん、と殻の上半分が飛び。
またひとつ、レオンローズが噴き出した。


レオンローズ「……そんなにぽんぽん割れるものだなんて、思わなかったもの」
ジョシュア「ふむ…」


鼻の奥で唸りながら、新たな実を取り、指先で撫でるジョシュア。


ジョシュア「ここだ、っていう所があるんだ。割れるポイント、が…」
レオンローズ「どこ? どのあたり?」
ジョシュア「こう…上と下と…割れ目のとこにな…」


興味からか、同じようにクルミを手に取ってみて、ジョシュアの真似をし始める。


レオンローズ「……これ? ここなの?」
ジョシュア「そう、押さえつつ割れ目のどこか、イイトコを…ギュッ」


先程と同じように、殻の上半分が飛ぶ。
それを真剣な面持ちで見やると、レオンローズは手元のクルミを睨んで。


レオンローズ「ぎゅっ……」


手に力を込めるも、殻はびくともしない。


ジョシュア「……教えるのは難しいんだよな…慣れるより慣れろ、考えるな感じろ…ってヤツだ」
レオンローズ「そんな精神論で良いものなの……っ」


ぎゅうぎゅうと握ってみるものの、どうにもならず。肩を落として胡桃をジョシュアに渡すレオンローズ。
受け取ったジョシュアは、やはり難なくクルミを割ってみせた。


レオンローズ「悔しいわ!」
ジョシュア「……ふ、しかし」

ジョシュア「…こんなもんに夢中になる君も可愛いな」
レオンローズ「……」
レオンローズ「……夢中にはなってないけど! いつだって美しいのは当たり前よっ……」
ジョシュア「…そうだな、君はいつも綺麗だ」


苦笑しながら、クルミの身を取り口に運ぶジョシュア。
レオンローズの、僅かに赤く染まった耳の先がくにゃっと下がり。それをごまかすかのように、つんと顎を上げた。


レオンローズ「当然よ!」
ジョシュア「……ふ」
ジョシュア「…少しは気が晴れたか?」


紅茶を飲み干したジョシュアが、そっと尋ねる。
膨れた頬にクルミを放り込んだレオンローズだったが、不意の言葉に目を丸くして。
ゆっくりと身を噛むと、紅茶でそれを流し込む。


レオンローズ「……ええ」
ジョシュア「ふふ…それならいい…」
ジョシュア「…俺にはこれ位しかできないからな」
レオンローズ「…………それが、嬉しいわ」
レオンローズ「……あなたには、甘えちゃって……だめね、もう」
ジョシュア「…良いんだぞ、もっと甘えたって」
ジョシュア「…俺達は、そういうのだって許される仲だろう?」


紅茶の水面を見つめていたレオンローズが、どこか幼い調子で、ことりと首を傾げる。


レオンローズ「……許してくれる?」
ジョシュア「ふ…勿論。許さない理由は無いさ」
レオンローズ「……ふふ……素敵な人ね、ジョシュア」
ジョシュア「…ん、っ?」
ジョシュア「……俺の事は良いんだ…そういうのは」


視線だけを右に左に泳がせるジョシュアの様子を、レオンローズはくすくす笑って見つめ。
再度、紅茶に目を落とした。


レオンローズ「……」
レオンローズ「……とても弱虫だし……ずるくて、肝心なときに動けないの」
レオンローズ「……それでも、許してくれる?」

ジョシュア「俺は図太いし…動いてから考える様な所があるからな…」
ジョシュア「…君と一緒で、丁度いいかもしれないぞ…許すも何も…ふふ」
レオンローズ「……あなたって、本当に……」


零れるように笑うと、ぺたりと机に突っ伏す。
薔薇色の髪がふわりと、卓上に垂れた。


ジョシュア「…んん」
レオンローズ「…………何度も、行こうと思ったのよ。そのたびに、あの子に言われたことを思い出して、怖くなった」
ジョシュア「……」
レオンローズ「……だって、きっと、あのこはなにも間違っていないんだもの」
ジョシュア「……それでも。」
ジョシュア「それでも、君にだって言い分はあるはずだ。そうだろう?」
レオンローズ「……」


僅かに顔を上げてジョシュアを見るレオンローズ。


レオンローズ「……分かるわけないじゃない。お母様が、あんなふうになってる、なんて」
レオンローズ「……この私も、家も、捨てて出ていったんだから。……せめて、幸せそうにしてるだろうって……」
ジョシュア「……」
レオンローズ「……幸せそうにしてくれていたら……あのときの恨み言のひとつも、言えたのに……」
レオンローズ「……同情したのかしら、私……私は」
レオンローズ「……愛してたから、恨んでたのに、な」

ジョシュア「…今のを、伝えればいいじゃないか。」
ジョシュア「…言いたい事、伝えたかった事…あるじゃないか」
レオンローズ「…………」


くしゃりと、困ったように顔を歪め。


レオンローズ「……聞いてくれると思う?」
ジョシュア「…君が、伝える事に…投げかける事に、意味がある、と…思う」
レオンローズ「……受け取ってもらえなくても?」
ジョシュア「…伝えてから言え、そういうのは!」


ジョシュアの強い言葉に、レオンローズは驚いて目を瞬き。
また、ぺしゃりと額を机につけてしまう。


ジョシュア「…ッて、ほら見ろ…俺だとこうなっちまう…」
ジョシュア「…言ったろ。図太くて、動いてから考えるってな。」
ジョシュア「…何なら今から行ってみるか?」

レオンローズ「……そのくらい、強気になれれば……」
レオンローズ「…………違うわね。強気なのが、私だわ」


そう呟くと、がばっと顔を上げる。
レオンローズの双眸が、きっとジョシュアを見据えて。


レオンローズ「……付き合ってくれるの?」
ジョシュア「……断る理由はない。な」
レオンローズ「…………」


大きく息を吐く。
次に、一気に紅茶を煽って。


レオンローズ「…………っ、行くわよジョシュア!」
ジョシュア「…お、おお……大丈夫か?」
レオンローズ「なんてことないわ……!」


何故かクルミをひとつ握り込みながらも、勢いよく立ち上がり。


レオンローズ「……で、も、あの」
ジョシュア「……ん?」
レオンローズ「……また、へこたれそうになったら、その……」
レオンローズ「…………勇気づけてくれる……?」
ジョシュア「…勿論だ、幾らでも。」


ほっと笑うと、レオンローズの耳の先が柔らかく垂れる。
再びぴんと跳ねる頃には、いかにも気の強い表情を取り戻していた。


レオンローズ「善は急げ、よ。帰ってきたら、またお茶の続きをしましょう」
ジョシュア「…よし。準備して来よう」

ジョシュア「煽っておいてなんだが…」
ジョシュア「悪い結果になったら、責任は取るつもりだ…」
レオンローズ「……責任?」
ジョシュア「…ああ。…まあ、深く考えるな…行くぞ。」
レオンローズ「そんなこと言われたら気になるけど……なぁに? ……もう」


ふい、と視線を外して歩き出したジョシュアの背を、追いかけるようにしてレオンローズも歩き出す。


ジョシュア「気にするな。君も言いたい事を纏めておくんだぞ」
レオンローズ「……任せなさい。この私だもの」
ジョシュア「…ふ。よし・・・行こう」
レオンローズ「ええ!」

  • 最終更新:2015-11-13 03:57:57

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